このページでは、プロジェクトの設立、そしてイベントの企画にとご尽力された経緯のお話を
プロジェクト・メンバーの方から伺うことができましたので、ご紹介します

“さよならYSプロジェクト”発足
YS-11に対する熱き思い

 ANK YS-11の退役。
 この話が具体化してきて、A-NET設立。
 そして丘珠空港にDHC-8の、1号機が配備されました。
 そんな中、エアーニッポン札幌空港支店において、
 “さよならYSプロジェクト”なるものが発足しました。

 当時、ある機会に上司とYS-11に対する熱き思いを
 語り合う事となり、写真撮影をされている仲間などと
 「最後のYSには特別塗装なんかして頂けるといいですね。」
 などと話していることを語り合っていました。

 すると数日後、突然支店内に
 “さよならYSプロジェクト”を発足させるという
 連絡が入り、参加する次第となりました。

 1回目の会議のために丘珠に向かうと、
 そこには札幌副支店長をはじめ、札幌乗員室・運航課・
 乗員業務課・業務課・整備課・営業支店からの
 メンバーがおり、千歳から出席の私を含めて
 会議が始まりました。

重大な問題点が発覚

 当初はどのようなイベント・企画が実施出来るのかを、
 模索する状態であり、当人がそれぞれの部所に持ち帰り、
 意見を収集していきました。
 そこで出された意見は多種多様であり、
 それをまとめるには相当な時間がかかりました。
 グッツ系・イベント系・ツアー系などなど。
 出来る限りそれぞれの意見を尊重する形で
 会議は進められていきました。

 しかし、そこで重大な問題点が発覚したのです。
 その問題点とは・・・・
予算が無い!
 と言うことだったのです。

 企画を進めていく中でどうしても必要になってくる予算が
 ほとんど無い状態だったのです。これは大問題です。
 どれひとつとってみても、まったくの無料で出来る案など
 ひとつもなく、スタート早々行き詰まっていく感じが
 ありました。

YS-11写真展

 そんな中、私が当初から温めていた
 写真展の企画がありました。
 丘珠で撮影されている方々の写真を、
 ターミナルに展示出来ないかと本気で考えておりました。

 もしプロジェクトが無くても、
 個人で進めていたかもしれないこの企画に
 プロジェクトが、目をつけました。

 コンテスト形式にしたらどうか?賞品は出すの?
 どうやって募集する?作品が殺到したらどこで選別する?
 等々いろんな案が出ましたが、
 送って頂いても展示出来ない作品が出てしまう事が
 懸念された為個人にお願いする事になりました。
 そこで各雑誌でもおなじみの上田哲郎さんに
 お願いしてみよう、ということになりました。

初企画は大反響!

 展示スペースに関しては、空港ビルと掛け合ってみると
 あっさりOKとの返事。
 しかし着実に写真展の企画が具体化していく中で
 やはりネックとなったのが予算が無いことでした。

 上田さんにプリントまでお願いする事は、出来ない。
 どうしようか迷ったあげく、上田さんにはスキャナーで
 読み取った写真をCDに焼いてもらい、
 そこからANKでプリントする事になりました。
 今考えると、そこが失敗!!

 あまりお金が掛からないようにとインクジェット式での
 プリントを発注する事になりました。
 結果、出来はいまいち・・・
 でも、写真の構図・シャープさのおかげで、
 なんとか展示できるまでのものにはなりましたが、
 原版からはほど遠いプリントになってしまいました。
 上田さんには、本当に申し訳無い事をしてしまいました。

 でも、そこは、上田さん!
 自ら、紋別でのYSショットをプリントしてくださり、
 提供して頂きました。しかも全紙サイズで迫力満点!!
 展示すると、一般のお客様から是非とも譲って欲しいとの
 声が殺到! そう大反響だったのでした。

丘珠−紋別ラストフライトツアー

 この写真展は、丘珠−紋別のラストフライトに連動した
 企画であり、紋別へのラストフライトツアーの企画も
 同時に考えられていました。

 営業の方が中心となって、さまざまな料金設定や
 オプショナルツアーなどが考えられました。
 どこで写真を撮ればいいか?順光・逆光?などと、
 そこまで考えてツアーは企画されていきました。

 ツアー当日、各方面から様々な方がこのツアーに参加され
 紋別での宿泊先では、熱い話で盛り上がったそうです。
 乗員・整備士達の話が聞けて、しかも同じホテルに泊まる
 なんて、ほかでは滅多にお目にかかれないですから、
 かなりな目玉企画でもありました。

 このツアーも大成功の内に幕を下ろしたのですが、
 ラストフライトに搭乗されたお客様に配られた、
 記念CDも、上田さんが提供してくださいました。

 100枚にもおよぶ、YS写真のスライドショー。
 CD-R自体はANKで提供したものの、焼付けはすべて
 上田さんご本人が実施なさってくださいました。

 その後、豊平川いかだ下り!
    (ダートキャプテン発案)
 丘珠ページェントにYS展示!
    (私の発案、本当は飛ばす予定だったのです)
 などが、実施されていきました。

プロジェクト、全国展開へ

 しかし、今後進めていく中で、どうしても予算獲得は
 必須であると感じたプロジェクトは、本社にこの話を
 もって行く事になりました。

 本社であれば、ある程度のグッズ作成に掛かる費用も、
 確保できる可能性があったからです。
 (当時から、YSチョロQは具体化していたのですが、
   予算の問題等で、先延ばしにされていたのです。)

 そして、我々の基本的なコンセプトが変化し、
 企画を立案して、その案を本社に提出するといった形態に
 変化していきました。

 本社でも全国の社員に呼びかけ、
 さよならYSの企画の募集を行い、
 このプロジェクトが正式なものとなっていきました。

 当時、伊丹空港に出張に行った時、ちょうどこの企画の
 張り紙がしてあり、その話題になったのですが、
 一時期、伊丹でもYSがメインで飛行していたので、
 YSによせる想いは大きかったのです。
 なんかいい企画は無いものかと、必死に考えている
 伊丹整備の姿を見て、YSの偉大な功績を思い知らされた
 一瞬でした。

 本社にプロジェクトが移管された後にも、
 札幌雪祭りへの参加など、札幌支店独自で実施する企画も
 次々と実施されていく事になりました。
 ご承知の通り、皆様のおかげで大成功!!

 以上のように、ANK社員だけでは到底出来ない事を
 実施してきた訳で、これもYSを愛する一般の方々の
 ご賛同があったからこそ実現しているものが殆どです。

 ANKの歴史はYSと共にある訳ですが、
 社員だけでは無く、一般の方々が参加してこその、
 国産旅客機、YS−11の退役であると考えます。

 ひとりでも多くの方が、この企画を知っていただき、
 ご参加いただける事を、プロジェクトメンバー一同
 心より願っております。

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